2019年1月23日水曜日

ぼろ市

先日1/15・16と世田谷ボロ市が開催されていたので寄ってみました。

何をたてるか-2

■企画について
企画設計という業務がある。
主に不動産業社いわゆるデベロッパーから建築可能性を探るための設計依頼だ。

土地収益を探る為、
容積率を出来る限り消化し、建築法規をクリアし、「かたち」は出来る。

商売上、売れる・売れた、貸せるかのデベさんの経験済みのプランが要求される。
だがコンセプトおよびデザインは入っていない「骨格」である

当然おもしろみは無い、設計者も色は付けて無いのだから
依頼側のデベさんも設計者も経験上プランが設計プランとして浪費されて行くような感覚がある。
当然面白くは無い・・

しかし設計者側にも責任がある。
今までかたち・デザインにとらわれ経済概念と向き合って来ただろうか?収支や宅地運用上のノウハウなど従来の業務に加えコンサルティング的な業務が必要では無いだろうか?

例えば戦略性が必要でそれが確立すると競合他社との差別化に繋がる。
幣事務所では現地立会い及び周辺環境を元に出来うる限り調査の上、企画プランを設計している。そこでは駅から近いのか、周辺のモデルハウスやマンションの間取り構成は?
ターゲット世代と間取りのリンク、住居専用ではなくSOHOや事務所複合など、実際の建築想定を打合せしていく

そもそも容積率に関しても未消化部分が建築価値に結びつく場合も多い。
無理をしない伸びやかな計画は広尾のアークヒルズなど町並景観に寄与し資産価値を上昇させる事も可能だ。
また立替時に未消化部分を立替費に回すことができる。

但し、理解を得られ長年気心が知れたデベロッパーや担当者との限定である。
ほとんどのデベロッパーでは設計者は単なる図面書きとしか見ていないのだから
○LDKで○○㎡で○戸の絵を描いて下さいという・・・・


以前有名建築家の企画案を見たことがあるが、企画案というより建物コンセプト案であった。
幣事務所にはそれの企画をやり直して欲しいとの依頼だ。

所有者の希望も判然としない中、建築家の自問のみ繰り返されるなら、設計業務の浪費ではなかろうか?

企画業務も最近のAI技術の発展を伴い、既にボタン一つで設計可能かつ収益までシミュレーション出来る様な時代となった。
今後、設計者は何を介在させるのか?
自己建築の欲求を建築士に期待するのか?



2019年1月9日水曜日

新年あけましておめでとうございます。

新年あけましておめでとうございます。
ご挨拶に伺ったお客様宅へあったオブジェです。
さりげない置き方です。

2018年5月16日水曜日

建築設計はなぜペーパーレスにならないのか?

弊オフィスは本やカタログで溢れかえっている。
大抵の建築事務所のオフィスでもそうだ。
まずは現状把握として本の種類など紙データをまとめてみた。


■建築本
・好きな建築家や話題性のある建築家の実例写真集
比較的専門的な建築雑誌
(新建築、商店建築、au、ディテール、近代建築、建築知識・・)
・一般的な建築雑誌
(ブルータス、CASA)
・参考コラム
・建築理論の本

■資料
・建築おさまり集(鉄筋コンクリート、鉄骨、木造)
・建築素材資料(ALC、鉄骨、木材の寸法表)
・建築法規関連資料(建築基準法、東京都条例、消防法、その他解説書)
・植栽資料(植物の種類、屋上緑化等)

■カタログ
・家具
・建築材料(フローリング、クロス、塩ビシート、タイル、石材・・・)
・塗装関連(ジョリパッド、塗装色の見本帳、珪藻土・・・)
・機械式駐車場の装置

■その他
・設計図書
・契約書関係
・美術書
・業務日報
・自己啓発の漫画本?


上記カテゴリーが店舗用や住宅用、高層ビル用とある。
カタログとか各社電子化されており、WEBで見れるのだがやはり紙で目につくところに常設したいという欲求があり、なかなか処分できない。

資料関係は現在電子書籍化し、EVERNOTEにいれてどこでも閲覧可能にしている。

次回はなぜ紙の本が良いかを考えてみる。


2018年1月25日木曜日

冗長性

昨日1/24(月)東京に大雪が降った。
銀世界の今日、ランチにでるとお弁当さんの品揃えが極端に少ない。
大雪の影響で食材が入らないという

余分な在庫は抱えない、いわゆるトヨタの看板方式のような物量のせいか?

2017年10月30日月曜日

暖炉

先日、以前竣工したお客様宅へお邪魔しました。

リビング中央に暖炉がある。

暖房効果としてもかなり高く床暖房やガスといった輻射熱暖房の中でも優秀です
しかしなんといっても人間の5感に訴えてきます。

パチパチという音、薪のもえる匂い・・そして揺れる炎。

最新の暖房器具も良いですが、効率と引き換えに失いつつある
何か大切なもの。


2017年10月6日金曜日

何をたてるか


そもそも建築事務所が自由に敷地を選択し何を建てるかなど、頭をひねる機会はほとんどなかった。(学生の課題ぐらいか?)
機会自由は建築設計という概念自体からアートとしての移行する。

建築依頼の大部分は施主、つまり建築家本人ではなく第3者からである。
そこに建築家としての社会性、いわゆる自己で企画し自分で愛でるものではない建築の社会性の端緒になっている。

建築家は場所に建つ建築を定義し、その建築に関わる周囲を巻き込んでいく存在であったはず。
しかし、最近の設計活動を見ていると、デベロッパーといわれる事業主がおり、コーディネーターや不動産、PM(プロパティマネジメント)など聞きなれない職種の方々と仕事をする機会も多い。

何を立てるかの企画から計画・建築法規・外装デザイン・内装デザイン・ランドスケープ・・・・・とデザイン設計も細分化される。
ウチの事務所でも自身で簡潔できるものはどんどん少なくなり、しかし情報整理としての役割を担いつつ、自身の考え方を表現しようとする。

「かたち・デザイン」にとらわれず創造性を発揮していくことが求められている。
そこに知見や知識のみならず人間としての個の哲学が必須となり、実現を担保する資力が求めらる。その資力をどのように確保し扱うか・・が建築家つまり建築設計として考えるべく課題と考える。